去年、フィルシアラーさんがiTunesの責任者になってからというもの、iOSアプリのビジネスが格段にやりやすくなりました。

僕としては、アプリの審査時間が平均1週間から2日以内ぐらいになったのが一番大きく、その次にデカイのが自動継続課金をツール系アプリでも使えるようになったことです。

昔のAppStoreでは、自動継続課金はメディア系のアプリだけじゃないと使えないというルールだった。そのため、雑誌とか出版系じゃないツール系のアプリは自動継続課金を組み込みたくてもことごとくリジェクトされるという悲しい事例が世界中のあちこちで起こっていました。

そのため、ツール系アプリだけど審査通すために無理やり定期ニュース発行して、メディア機能もありますよという建前を作ったり、Appleとコネを作らないと厳しいという話もよく聞いていた。とても悲しい時代でした。

しかし、今では「継続的なバリューをユーザに提供する」という条件を通れば、ツール系アプリでも堂々と自動継続課金を使えるようになったのです。今までは、クラウド機能があるSaaS系アプリでも「メディア系じゃないからダメです」とサクっとリジェクトされるのは当たり前だったので、いい時代になりました。

詳しくはアップルのガイドラインを。

僕のTaxnote(確定申告する人向けの帳簿アプリ)では、「Taxnoteクラウド」というオプションで自動継続課金を使っている。(iOSやAndroidの複数端末で、日々の帳簿データを自動同期できるというオプション機能。)昔はクラウド機能つけても何度もリジェクトされてたので不安だったけど、新ガイドラインでは普通に通った。

一回買い切りしか選択肢がないと、継続的なビジネスをするのが非常に難しいので、アプリでビジネスしてる人々にとってこれは本当に大きな出来事です。Androidでは前から余裕で可能だったけど、課金系はiOSのほうが圧倒的にお金出す人多いので。(全体のシェアはAndroidが圧倒的なのに、課金売り上げはiOSがAndroidの約2倍です。)

*iOSアプリとAndroidアプリの収益性と開発効率について

ちなみに、昔のつらい時代を知りたいという方は昔書いた記事があります。今読んでも役に立たないので、大変だったんだなとしみじみしたい人向けです。

iPhoneの月額課金で直面するマニュアルにないルール
iPhoneの月額課金はツール系で使えるか
iOSの自動継続課金での注意事項

さて、iOS開発者によって今はいい時代だということが確認できたところで、iOSとAndroidの継続課金システムの使いかってを比較してみたい。TaxnoteのiOS版では去年の秋頃に自動継続課金を使い始めて、TaxnoteのAndroid版でも春ごろから使い始めたので、その体験からの感想です。

iOSの自動継続課金は使いやすくなった

まず、iOSからです。個人的な感想だけどこんな感じ。

@審査 => Androidより面倒だけど、以前よりだいぶまし
@価格変更などのシステム => すごく使いやすい
@分析ツール => けっこう使いやすい

以前はそもそもツール系で審査通らなかったり、運良く審査通っても、もともとは出版系アプリのために作られた仕組みなので使いかってが悪かった。

でも今はツール系でも使えるし、なにより価格変更、分析ツールなどのシステムがめちゃくちゃ使いやすくなっている。

まず、審査なんですが、通りやすくなったといえ、そこはアップルなのでAndroidのようにほぼ全自動で数時間後に使えるようになるというようなユルユルではない。普通の一回買い切り課金を実装するより審査が厳しい。

まず、アプリの説明文に自動継続課金の注意事項(解約方法、自動継続の仕組みなどを書いた文章)を書く必要がある。あと、説明文に課金の価格も書いておかないといけない。また、アプリ内からも自動継続課金の注意事項をユーザが課金を購入前に読めるようにしておかないといけない。

上記のルールはアップルのガイドラインには全部書かれてないんじゃないかな。アップルは、審査を体験してみて始めて説明されるガイドラインが結構あります。まあ、昔みたいに審査の返信も一週間待ちとかじゃないので、慣れていない最初は気長にやりましょう。

ちなみに、アップルのレビューワーは最初の返信でガイドラインのコピペを貼り付けてくるので、ハッキリとどこを修正したらいいか分からないことが多い。こういう場合は、具体的にどこをどうすればいいの?と返信してみましょう。コミュニケーション取ったほうが修正箇所もハッキリするのでよい。

ここはAndroidのほうが圧倒的に楽なのは言うまでもありません。Androidは数時間後に使えるようになるのが当たり前です。

次に、iTunesConnectで自動継続課金する時の価格設定などのシステム。これはかなり使いやすい。普通の買い切り課金だと100円単位ぐらいでしか設定できないんだけど、継続課金だと10円単位ぐらいで細かく設定できる。もちろん国ごとに価格を変更したりもできる。

上記は当たり前として、iOSがAndroidより圧倒的に使いやすいのが、リリースした後の自動継続課金価格の変更システムです。これ、コード側をいじらずにiTunes側からWebでサクッと変更できるんだけど、この仕組みがよくできてる。

例えば、最初は「月額500円」でアプリを出していたとする。途中で気が変わって、やっぱり「月額800円」にしたいとなった時どうすればよいか。

これ、SaaS系のサービスでよくやるのは、月額500円の時期に加入した人はそのままの値段で今後も購読を続けることができるようにして、新しく購読する人は月額800円で購読が始まるようにする。英語だとGrandfatheringとか言います。

でも、これをシステムでちゃんと動くように対応するって相当面倒だし、デリケートなところだけあって大変なんですよね。昔SaaSビジネスの価格戦略とかを勉強していた時は、Grandfatheringの悪夢みたいに呼ばれてました。

これをiOSの自動継続課金では全部やってくれる。もちろん、現在月額500円で購読してくれる人も、来月からは全員値上げで月額800円にするという設定も可能。

そして、来月から月額500円を月額300円に値下げしたいって時はどうなるか?その場合は、月額500円で購読している人も自動的に月額300円になります。これもスムーズでいいですね。

自動継続課金の価格設定のマニュアルはこちら。Androidはここの仕組みが使い難いので、圧倒的にiOSのほうがいい。

最後に自動継続課金の分析ツールについてですが、Web系苦手なアップルさんには珍しく、結構使いやすくてよい。

現在のアクティブな登録数。
アクティブな無料トライアル数。
リテンションおよび無料トライアルのコンバージョン率。

上記のデータがiTunesの「売り上げとトレンド」タブで見ることができる。これ、以前は無料トライアルは何人やってくれてるかとかも一切見れなかったんですよ。なので、一気に改善した。自動継続課金のユーザが減っているか、横ばいか、増えているかも時系列グラフでパッと見てわかるのもよい。

Androidのコンバージョン計測は、インストール日から何日後のコホートが見やすいから、どっちがよいかは優劣つけがたいけど、iTunesもけっこういいです。少なくとも、昔に比べて一気によくなりました。

Androidの継続課金は価格変更が面倒

さて、今年に入ってからTaxnote、ZenyListTimerのAndroid版を作ってまして、自動継続課金も使ってみました。

個人的な感想はこんな具合。

@審査 => 自動なのでめちゃ楽
@価格変更などのシステム => コードを書き直す必要あるので使い難い
@分析ツール => まあまあ使いやすい

まず審査ですが、Androidではアプリのリリースも、買い切りのアプリ内課金も、定期購読のアプリ内課金も、数時間後には自動的に有効になります。Appleの審査に何度も時間かけてきた自分としては天国なんじゃないかと思うぐらい。

次に、Androidの定期購読の仕組み。審査は簡単に通るけど、価格変更がすごく面倒。なんと、Developerコンソールのシステム側で価格をあとから変更できない。ちなみに、Androidでも一回買い切りの課金はシステム側で変更できるんだけど。

じゃあ、価格を変更したい時はどうすればいいかというと、新しいアプリ内課金のIDをデペロッパーコンソールで作成して、そのidをコードに埋め込んでリリースしないといけない。えらい面倒。つまり、アプリ自体をアップデートしないといけない。

ちなみに、月額300円から、月額500円に値上げしたいケースで、以前のバージョンで月額300円で購読しているユーザはどうなるの?ってのが気になると思う。この場合、そのユーザは購読をキャンセルしない限り、月額300円で契約し続けることができる。

この仕組みなので、値下げする時は面倒そうだ。iTunesのように既存の価格の人も自動的に値下げとかできないだろうから、「一度キャンセルしてもっかい購読し直すと安い価格で定期購読できるからお得ですよ!」とかわざわざ告知しないといけなそう。

この記事とか参考なる。
アプリ内アイテム → 定期購入 の値上げ方法(Google Play 課金)

ついでに、Android版のアプリ内課金で注意なのが、一度有効にした課金アイテムは、その価格がアプリのPlayStoreの説明文の価格レンジにずっと反映されて消すことはできないということ。

例えば、980円の定期購読課金を作成して有効にする。そして、その後、それをやめて、現在は、500円の定期購読のみ提供するようにしたとする。それでも、PlayStoreの説明文には、「このアプリは500円~980円の課金を提供してます」みたいな表示のままになる。

これは消せないらしい。詳しくはこちらを参考。
1度有効にした定期購入アイテムは2度と無効にすることはできない、絶対に、如何なる理由や事情があっても……だ!(Google Play 課金)

最後に分析ツールですが、これはAndroidのやつもまあまあ使いやすい。一週間後ごとにコホート分析が見れるし、コンバージョンも表示してくれる。見やすいわーってほどでもないけど、そこまで悪くはないんじゃないでしょうか。

定期購読テストのしやすさ

ついでに、定期購読のテスト環境も比べてみたい。

まず、iOSはアプリをDebug環境で定期購読テストできる、Sandboxとかいう仕組みがある。ようは、アプリをストアにリリースする前に、自分で定期購読を実機でテストできる仕組み。これはそんなに使いやすいわけでもないけど、Androidよりはましである。

なぜかというと、AndroidはいちいちPlayStoreにα版としてアップデートして、数時間待ってそれがPlayStoreに反映されてからじゃないとテストできないから。

さらに、iOSの定期購読は、テストする時は定期購読の時間がいい感じに短くなるのでやりやすい。1ヶ月更新の課金をテストする時は5分で更新のタイミングがくる。1年更新の課金をテストする時は1時間で更新のタイミングがくる。これは地味に便利。

Androidはというと、まずPlayStoreにアップデートして、それが反映されるまで数時間待ってからじゃないとテストできないのに加え、月額課金の更新タイミングは1日に短縮されます。

1日って!長すぎるわ!つまり、1日待たないと更新のテストできないので面倒だ。いったいどうしてこうなったのだろうか。

継続課金はギフトカードで買えるか?

アプリ内課金を提供している時によくある問い合わせが「クレジットカードを使えないのですが、購入する方法ないですか?」というもの。こういう時に便利なのが、コンビニで売っているiTunesカードです。

しかし、iOSはiTunesカードで継続課金を購入できるけど、なんとAndroidではGooglePlayのギフトカードで定期購入ができません。これは落とし穴なので注意。

一体いつからAndroid アプリの定期購入代金を Google Play ギフトカードで支払うことができると錯覚していた?(Google Play 課金)

ちなみに、一部のアプリはPlayStoreのギフトカードで定期購入を買えるようで、この違いはどういう理由なんでしょうか。謎すぎる。誰か教えてください。

さらに補足すると、iTunesカードなどで継続課金を購入している人にとっては、年額購入を用意してくれたほうが楽なようです。月額課金に年額購入の選択肢を用意する意味はこういうところにもあるんですね。

継続課金についての雑感

最近はアプリで継続課金するのにユーザが慣れてきている気がする。これは、食べログだったりクックパッドだったり、Netflixだったり、スポナビライブだったり、いろいろな月額課金サービスをアプリから購入する機会が今まで以上に増えてきたからじゃないだろうか。

もともとはWebのものにお金を払うなんて習慣がユーザにはなかったのだが、インターネットの普及と同時にWebサービスも増えてきて、Webの世界では定額課金サービスは当たり前になっていった。

その次にアプリの時代になったんだけど、誰でも有料アプリ・有料課金を一回買うまでは大きな抵抗感があるんですよね。でも、例えば、一回でもLineで有料スタンプを買うのに慣れると、2回目からはあまり抵抗がなくなる。

僕は、「アプリがWebと連携しているか」という事実が継続課金をユーザが購入してくれるかどうかの納得感につながるだろうと当初思っていたんだけど、それより重要なのはユーザ側の継続課金に対しての慣れが大きいのではないかと思います。お金払って使いたいと思うかどうかは大前提として。

そういう意味で、アプリでもWebでも、サブスクリプション型のサービスが増えてきている昨今はビジネスがやりやすくなっているなと感じる。

実は、Taxnoteクラウド(iOS・Android端末で自動データ連携できたり、その他の機能が有効になる)という月額課金オプションを去年リリースした当初はドキドキだったんですよ。

まず、「月額課金をやるなんて許せない!」とか、「買い切りじゃないと困ります!」とか言われるだろうなあと最初はヒヤヒヤしていた。でも、一回買い切りでは継続的に開発続けるのは難しいので、上手くいかなければ未来はどうせないんだしと思ってやってみたんですね。

そしたら、ネガティブな反応は思ったより少なくて、普通に喜んで使ってくれる人が多かった。これならAndroid版作る価値もあるなと思い、今年に入ってTaxnoteのAndroid版も作ったわけです。今までアプリで稼いだ貯金を使って。

ツール系のアプリって継続的なアップデートが重要で、一回買い切りだと何年も開発を続けるのが難しいから自動継続課金が上手くいくかはとても重要だ。ちなみに、「続けるのが難しい」という部分を具体的にいうと、お金が儲からないという意味なんですね。

例えば、あるアプリを3年前に一回買い切りで購入したユーザは、その後アプリがアップデートしたり、iOSのアップデートに対応したり、ユーザサポートを続けていたとしても、特にお金をかけずに使い続けることができる。

これは、ユーザからすると一見よいことのように見えるのだが、お金が継続的に儲かる仕組みがないと開発者はやる気がなくなって、そのうち開発がストップしてしまうのは避けられない。

もちろん、一年に一回程度の軽い修正ぐらいであとは放置するという姿勢なら、そこまでコストもかからないし悪くないんだけど、やっぱりちゃんと儲からないとそのアプリに力入れるインセンティブがなかなか働かない。フルタイムで時間使うのは諦めて、本業の余った時間でサポートするぐらいになる。

いやいや、昔のパッケージソフトみたいにTaxnote1、Taxnote2、Taxnote3と毎年別バージョンを販売すればいいじゃないか?と思うかもしれない。

もちろん、大きなアップデートごとに新しいバージョンをリリースするというのも一つの手です。ただ、アプリってちょくちょくユーザの声を聞きながらアップデートしていくのが効率的なので、このやり方はやりたくないんですよ。

このやり方だと、大きくデザインが一新されるとか、大きな新機能がつくとか、ユーザの買い替えを促す新しい理由が必要となり、目立たないけど重要な改善などをちょくちょくやっていくインセンティブは小さくなる。

僕みたいに、できるだけ新機能を増やさずシンプルなものばっかり作ってる場合は致命的です。あと、昔のバージョンを使い続けたいという人をサポートし続けることもこのモデルだと難しい。

というわけで、この問題はずっと前からiOS開発者が訴えてきたアプリビジネスの構造的問題だった。

「Appleが自動継続課金を使いやすくしないのは、ユーザがアプリへ使う費用が高くなれば、iPhone本体を売るAppleのビジネスにとって都合が悪いからだ」とかいう分析なども海外のブログで書かれたりもしてました。

僕も当時、「ふーん、確かにもっともな理屈だな。それならこれからも期待薄か。。」と思ってたもんです。ところが、iTunesConnectの責任者にシアラーさんがなったら一気に流れが変わった。

「我々はiOS開発者が抱えているこの問題を認識している。ちゃんとiOS開発者が継続的にビジネスを続けて、AppStore全体に出来のよいアプリが増えるようにしたい!」みたいなことを言って、iOS開発者はみんなブラボー!となった。実際、本当に改善されたし。

ちなみに、継続課金でお金をもらい、ユーザのデータをサーバで管理するようになると、買い切り型や広告のみのモデルに比べて日々のストレスが半端ない。Herokuサーバが落ちたらどうしようとか、バグが発生したらどうしようとか、今までなかったストレスが発生する。

これもずっとビビってやってこなかった理由の一つだった。半年以上やってみてどうだったかというと、予想通りのストレスで、「思ったより気楽だわ」ってことはなかったです。

これも、Instapaperを開発して、数年前に売却したMarcoさんが「いつもサーバのことを気にしていて休まる暇がなかったけど、Instapaperを売却した時は本当に肩の荷が降りた。」って言ってましたね。

Webサービスを運営している人にはあるあるだろうけど、[継続課金+データベース管理]を検討する時はこのストレスも考慮に入れるとよいかも。

まあ、ユーザがお金を払ってくれるものを作れるかが一番難しいので、そんなこと最初から心配しても意味ないよという話でもあるんですが。なんにせよ、一番ユーザがお金を払ってくれるiOSで仕組みが整ってくると、新しいアプリを作ってみようかなというモチベーションが出ますね。


*家計簿読み上げのアプリ作ってます。自己紹介と過去ログはこちら