最近出たタレブの新作、Skin in the Gameを読んでるんだけど、この本で個人的に印象に残った文章があった。それがこれ。

“Learning is rooted in repetition and convexity, meaning that the reading of a single text twice is more profitable than reading two different things once, provided of course that said text has some depth of content.”

“学びとは繰り返しと凹凸性に根付いている。同じテキストを二回読むことは、2つのものを一回読むより価値がある。もちろん、内容があるものを読む限りにおいて。”

ちなみに、凹凸性とはタレブのアンチフラジャイルなどの著作によく出てくる用語なんだけど、ある時は物凄く上手くいったり、ずっと全然上手く行かなかったりという、偶然に左右されるランダムな事象と行ったような意味。

この文脈で言えば、学びとは、時間をかけた分だけ一定の割合で段々と上達するわけではなく、長い時間かけても大して成果が出なかったのに、突然大きく進歩したりするというランダム性があるっていう意味であります。

なぜか、凹凸性を説明するのに長くなったけど、良い本は何度でも読む価値があるってことです。そして、何度読んでも学びがある本ほど良い本とも言える。ちなみに、その本を何回読んでたかを聞くと、その人がどれだけその本が好きか、詳しいかというのがよくわかる。

これ、結構当たり前のことだとは思うけど、ついつい、一回読んだ本より新しい本を読んだほうが新しい知識がついたり発見があるかなあと思って、読んでない本を選択しがちな自分にとってはなかなかの発見だったのです。

確かに、タレブの本は、まぐれ、ブラックスワン、アンチフラジャイルとそれぞれ何回も読んでいるけど、読み返すたびに発見があって、理解が深まるので、言っている意味がよくわかる。

たくさんの本を読むというのは読んだ本の数はとりあえず増えるので、僕自身、同じ本を読むより新しい本を選びがちだったんですよね。この文章を読んでから、僕は本当に好きなものを積極的に繰り返し読んでいこうと思いました。

というわけで、本ではなく漫画なんだけど、センゴク一統記とか乙嫁語りを読み返してみた。すると、やっぱり素晴らしいものは二度目でも十分楽しめるというか、むしろ二度目のほうが深みがわかって楽しいんじゃないかってぐらい楽しめた。

センゴク一統記では、今まで信長から命令をもらう立場だった秀吉が、本能寺の変以後、自ら本当の意味で支配者となっていく心の葛藤がすごくよく描かれている。乙嫁語りはとにかく細部の書き込みが素晴らしいし、その情熱が絵からほとばしってくる。ストーリーも好きだけど、鑑賞漫画としても何度でも読める。

本だけじゃなく何にでも通用する

実は、このことは本だけじゃなくて人生全般に言えることでして、趣味、人間関係など、全てに応用がきくと思う。

趣味だったら、ある分野を深く突き詰めていくほど、指数関数的に深みが増していって楽しさがわかるようになる。人間関係ももちろん同じことが言える。

これからの働き方っていう話になると、何かの分野で専門性があるかどうかは極めて重要でして、ちょっと勉強したぐらいで追い付かれるレベルのものをたくさん持っていても意味がないと思うんですね。

ということで、何度でも繰り返す価値のあるものを見つけて、深く深く掘っていくのをこれからは意識しよかと思いました。


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